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Yeha Noha

Wishes of Happiness and Prosperity in Melbourne

私と写真の関係 


私の言葉の表現力の乏しさは天下一品で、ある意味致命傷。もっと上手に言葉で表現できたら、私の人生大分違っていただろうといつも思う。小さい子供の頃から無口で、話し下手、自分の言いたい事をうまくまとめて言葉にすることができず、言いたい事の30%ぐらいしか言えなくてもどかしい思いをしてきた。

3歳ぐらいの頃は、同年代の女の子達は既におしゃまに色々な事を話しだしているのに、私は何一つ言葉を発する事がなかった。ある時、私より体の小さい女の子が私に向かって何か言ってきたけど答えられずにいたら、「この子バカ」と言われて思いっきりその子を押すと、その女の子は倒れて泣き出してしまい、私がこっぴどく叱られた。

小学校に入学してからも、あまり話すのが得意でなかったから、沢山の女の子達とわいわいがやがやする事はなく、話しかけてきてくれる優しい友達が1人か2人、その子達の話しを聞き、放課後は、男の子たちと一緒に木登りして、昆虫採集したりトカゲを捕まえる方が楽しかった。


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そして小学校5年生ぐらいから、私はクラスの女の子達のいじめの対象になり、それは中学を卒業するまで続いた。理由の一つは、私は話しをしても全然面白くない、という事だった。もちろん、他にも理由はあったのだけど。

家でも、母と妹はうるさいくらいによく喋っていて、私はいつもそれを横で聞いているだけだった。母からも「あんたと話しても反応ないから全然面白くない。」とよく言われていた。そんな私が話せるようになろうと頑張り出したのは短大の時で、それはもちろん、男の子とデートした時に、ちゃんと会話が続くようになりたかったから。話し上手な女の子の近くに座って、どういう感じで話しを進めたり、反応するのかいつも観察するようになり、自分も真似してやり始めたら少しずつ会話ができるようになっていった。

オーストラリアに来て、今度は自分の意見、主張をはっきり言う事を学ばなければならなくなった。特に学校に通っていた時は、自分の作品をどんどんアピールしていかなければならなかったのだけど、それが全然できなくて先生から何度か呼び出された事もあった。

書く方もこれまた悲惨。論文という物が書けない。論文を書こうとしても詩か小説になってしまう。高校の論文の授業でも、「散文詩ではないからね。」と突き返されて、私一人だけやり直しになったことがあった。今でも、書くのは苦手で、こういったブログも普通の人が費やす時間の3倍はかかっていると思う。

私にとって写真/カメラは、言葉では表現しきれない真の部分を表現してくれる道具、いやいや、道具ではなく、親友、恋人、私の心の一部。そして優しい心のセラピストでもある。大事にしていこう。


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コメント

全然そんなことないのに、どうして頑なに「言葉で表現するのが苦手」って言うんだろう??? って思ってたけど、そういう過去があったのね...。
でも、だからこそ感受性が豊かで、あんなに繊細で優しい写真が撮れるんだね。

tsumugi #39Tjh/Ok | URL | 2015/10/10 20:50 * edit *

Re: タイトルなし

>tsumugi さん、

コメントありがとう。今は普通に喋ってるけどね、でもきつく感じる時もあるのよ(笑)。最近また無口傾向に走り出してるし。。。写真で表現していく方が私にとっては楽かもしれないなぁ〜と思う今日この頃です。

mariacat #- | URL | 2015/10/12 10:07 * edit *

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